株式会社東京印書館 さま

代表取締役社長 下中直人氏

『標準が高品質』。
クリエイターがどんなゴールを目指しているかを想像しながら動くのが当社の仕事。
だから、印刷オペレーターの作業を楽にする道具はとても重要です。

写真集や美術書、展覧会の図録、カレンダーなど第一級の色彩表現が求められるオフセット印刷分野で、写真家やデザイナー、編集者といったトップクリエイターの「ご指名」を集め続ける東京印書館。製版と印刷を高いレベルで融合させた技術を背景に、1点1点にプリンティングディレクターが寄り添い、顧客のイメージの中のCMYK色を引き出す日々が続いている。そんな持ち味を誇る同社でも効率化は図りたい。
印刷現場に残っていた無駄=紙積み作業の面倒を解消できればオペレーターは印刷品質に集中できると考えていた。そこで2018年5月、紙積み中に静電気除去エアーをブローできる「用紙最適化装置」を搭載した反転高積紙揃機「ミューパイルジョガー」を玉川工場に導入した。「ディレクションという時間も手間もかかる作業が伴うからには、印刷の前準備にじゃまされたくない」という。

■ 第一級のクリエイターの琴線に
■ プリンティングディレクターの仕事

 顧客が印刷物の仕上がりに対して抱く世界・コンセプトを共有するため、東京印書館が置く職種がプリンティングディレクター(PD)。どのような印刷物を作っていくかを、顧客との対話を通じてディレクト(設計)し、CMYKデータや網点、インキ量といったさまざまな変動要素をコントロールしていくのが一番の仕事となっている。同社では「PDの存在が、顧客の作品の持つ力を最大限に印刷物に反映させる」と位置付けている。
 2020年時点でPD歴34年目、印刷業界でも第一人者として知られる髙栁昇取締役統括ディレクターは、第42回写真家協会賞を受賞している。写真集の仕事を例にPDの仕事の一端を説明する。
 「写真家は被写体に対峙し、表現に対する強い考えを持ってデータを入稿してくる。ところがオフセット印刷のCMYKの演色領域はRGBよりも狭く、当然、同じ色は出せない。濁ったり、暗くなったり、コントラストの少ない印刷物になりやすい。それに対し、私たちPDが、製版と印刷とでいわばデフォルメしていく。ある部分だけはRGBよりも良くしようと階調数を豊富にしたり、ある部分では白の飛び感を抑えたり、別の部分では光の差し込みを強調したりする。CMYKの演色領域の狭小性をものともせず、写真家やデザイナー、編集者、そして写真集を買う読者の皆さんの琴線に触れるようなものを作りたいと思っている」

 髙栁取締役のPDとしての日々は慌ただしい。1点1点ディレクション作業を行いつつ、新規や色校の戻しなど1日に4組ほどの顧客と打ち合わせをこなす。印刷本機での立ち合いにも対応する。最近の仕事件数を尋ねると「2019年12月から2020年9月までの間、105点にかかわっている」という。ただ、「6割以上は初校責了・初校校了となり、印刷工場での立ち合いに進む」というからその仕事の確かさとスピード感に驚かされる。「長年、オフセット印刷の変動要素への対応の適値、最適値を積み重ねてきた結果だと思う」と語る。

■ オペレーターに「集中できる環境を」
■ 「ミューパイルジョガー」が紙積みをスキルレスに

 下中社長は「PDによる印刷面の隅々にまで行き届いた色の修整が当社の特色。印刷工程の前準備がその妨げになってはいけない」と考えて続けてきた。
「PDと同様、印刷もこつこつとノウハウを積み重ねて初めて高品質を実現できる世界。肉体的にも大変だが、細かい作業が日々、山のようにあって、体力だけでなく、注意力も必要だ。だから、オペレーターがなるべく印刷物の品質を保持するために集中できる環境をつくりたい」
「印刷の作業環境を良くしていこう」とかねて呼び掛けており、さまざまな投資や工夫を行う中で、2018年に導入したのが、静電気除去エアーを紙にブローすることのできる「用紙最適化装置」を搭載した「ミューパイルジョガー」だった。導入から2年が経過し、「まずは紙積みの労力が減った。当社はもともと、オペレーターが少なく、場合によっては人手を多く取られていたが、1人でも紙積みができて、しかも、その紙は印刷機の通りもよい。工場の生産性を上げているということは間違いない」と語っている。
髙栁取締役もPDの立場から変化を実感しているようだ。「印刷立ち合いを行う者としては、印刷機の紙の出が悪いということがないのが一番。きれいに紙に風が入ってきれいに積まれているということが印刷機の稼働率を大きく左右する。『ミューパイルジョガー』はベテランの紙積みのスキルをなくせるから印刷現場でも助かっている」。
 下中社長は機種選定に半年ほどかけたという。「設備導入前は慎重に費用対効果を検討している。本当に役立つかどうかを工場管理者に精査させている」。

■ 紙積み人員は4人から1人に
■ 腰痛も解消

 玉川工場の印刷機は、24時間フル稼働させている菊全寸延びUV5色機と菊全8色機、平日のみ24時間稼働の四六全判1⁄1色機、そして立ち合いが多く日勤だけで稼働させている四六全判4色機の計4台。  「ミューパイルジョガー」導入前までは、手積みでの紙積みが続いていた。午後1時になると日勤の4人が2つのグループに分かれて紙積み定規に積んでいた。四六全判やB全判といった大きな紙では4人一組で作業することも多かったといい、ワンプをむいて、紙の両端に2人向かい合って1束づつ定規に紙を下ろし、定規で待ち受ける2人が風入れしていた。
また、峯岸茂製造部玉川工場長によると、紙質によっては印刷中にフィーダーからの紙の出が悪く、印刷機を止め、風入れをやり直すこともあったという。薄紙や輸入紙は特に念入りに風入れする必要があった。
一連の手積みは、中腰の姿勢から立ったりしゃがんだりを繰り返す作業となるため、腰痛がひどくなるオペレーターがいた。峯岸工場長は「どうにかならないかと思っていた」という。
「用紙最適化装置」搭載の「ミューパイルジョガー」はワンプむき―風入れ・静電気除去―紙揃え―紙積みまでを機上で完結できるシステム。ワンプなど未処理の紙を積み上げておく右側のリフト部と、左側のジョガー部は常に同じ高さが維持され、作業者は自然な立ち姿勢のまま一連の作業を続けることができる。「用紙最適化装置」から発生する静電気除去エアーは風入れの際、ジョガー部からブローされ、用紙のクワエ側からクワエ尻まで満遍なく行き届く。
 同機導入後は課題が一掃された。峯岸工場長は「紙積み作業は従来、午後5時ごろまでかかっていたが、現在は専任者1人で作業可能で、3時ごろには終了する。腰痛を訴える者もいなくなった。また、給紙不調もほとんどなくなり、ジョブの最初から最後まで一定の回転速度で印刷できている。高品質印刷の維持に大きく貢献している」と評価している。
 後工程でも効果が表れているという。「製本会社が刷本の断裁を担当する仕事で以前、静電気の影響でしっかりと揃っていないと『これでは断裁できないので揃え直してほしい』と苦情を受けたことがあった」。「ミューパイルジョガーで揃え直してから納入することで、クワエからクワエ尻までしっかりと揃うようになり、現在ではスムーズに断裁が進むようになった」という。

 現在では、夜勤時間中にも活用されているという。「日勤の刷本を翌朝には出荷しなければならいケースが多いので、検品に活用している。積み替えて揃える作業で不良紙の抜き取りを行っている」(峯岸工場長)。 

■ 紙サイズに自動対応する機構が便利
■ 3裁の「ユポ」では静電気も解消

 製造部門を統括する高津戸義晴取締役製造部部長が「ミューパイルジョガー」を評価するのは「紙揃えの機構と静電気除去機能」だという。導入前、年間を通じて最も困難だったある紙処理作業が改善されたようだ。
「年に2回、集中して四六3裁のユポへの大量印刷を行う仕事がある。3裁でクワエからクワエ尻までの寸法が短いが、『ミューパイルジョガー』のクワエ部分の奥行きのパネルが自動的に前進してくれるため、前のめりにならず体に負担がかからず作業しやすい。オペレーターに対し細かい部分にまで配慮した機能が盛り込まれている」
「白紙の状態で印刷し、その後すぐに積み揃える作業が必要なため、静電気には大いに悩まされていた。静電気除去機能は効果てきめんだった。誰が見てもメリットがあって使い勝手がいい。ほかのメーカーにはまねのできない効果だと思う」 
 除電効果についてはさらに「用紙メーカーで抄紙したての用紙にはどうしても静電気が残っている。ワンプを開けると紙粉が付きやすい。『ミューパイルジョガー』を通すことで紙粉はほぼ取り除かれる。除電装置が搭載されていることは、用紙メーカーに対し状況を説明する際の説得力になる」と話す。
 印刷前の色合わせに臨む工程にも変化が起こり始めている。「従来、オペレーターは、本刷り前の色合わせで使用する、ヤレ紙と本紙を混ぜた山を5セットほど作り、フィーダーセットしていた。つまり、オペレーターは紙積みができなければ一人前になれないということを意味していた。『ミューパイルジョガー』を使用すれば短時間で山を作ることができるので、そうした慣習から解放してあげられそうだ」。
 そして、高津戸取締役は労務面での効果として「今は印刷機が高機能化しているため、ボタンの操作を覚えればオペレーターは一定の印刷ができる。その中で取り残されていた手作業での紙積みが改善されたことで、退職者はほとんどいなくなった」と強調する。

■ 「紙の表現はまだまだ面白い」
■ 「志ある印刷会社と共に技術向上を」

 下中社長は今後も、オフセット印刷による表現を追求していく考えだ。「まだまだ紙の上での表現は面白くて、いろいろな可能性がある」と語っており、走り続ける姿勢に変わりはない。
 同社では「オフセット印刷を極めたいと考える志ある印刷会社と連携していきたい」との思いから、自社紹介を兼ね、髙栁取締役を主役としたYouTubeチャンネル「PRINTING DIRECTOR TAKAYANAGI NOBORU」(https://www.youtube.com/channel/UCGLCdJbLVbzZXJ2hpjSX2nQ)を2019年8月から運営している。髙栁取締役がPDとして手掛けた写真集や図録の数々のディレクション風景や、「フォトショップ」での画像修整とCMYKデータの作り方等のノウハウがチュートリアルとして惜しげもなく アップされている。各種質問にもていねいに回答している。 下中社長は「印刷は職人芸のように言われているが、生産技術であり、一子相伝といったものではない。インキが紙に載る部分はアナログだが、表現を支えるのはデジタル技術だ。だから当社の技術をオープンにすることについては気にしていない。同じ写真データでも製版の設計によって多様な印刷表現に変わる。当社が一番というだけの世界でもない。当社を刺激するライバルと共に技術を上げていきたい」と意気込んでいる。